「私の中の森」

北海道十勝帯広市で「心 からだ 健康相談」をやっている「メンタルコンサルティングTerra」の公式ブログです

PTSD

今日は春休みで実家へ来ています。
前回実家へきたのはお正月。

その間に色々な出来事が有り、
それがきっかけとなって、

本当にマヌケな話ですが、

自分にはPTSDがあると気がつきました。

HP「私の中の森」の「暗闇」「闇の中の光」「春よ、来い」という文章に書かれていることです。

いえ、気がついていたのですが、
(「PTSD的な物」という表現を使っていました)
認めることができていませんでした。

本当に頭で考えるのと心で納得するのとは大きな違いがあるようです。
いつもそう言っているんですけどね

セルフカウンセリングとAC(アダルトチルドレン)のカウンセリングで
自分と向かい合い解決していたつもりでした。

その出来事に関係した人達に大人の顔で平然と接し、
気遣いさえしてきたのですが、
本当は「そう見せたかっただけ」で、
実際は傷は癒えていないし、
その事に触れるのも未だにものすごく嫌な自分に気がつきました。

今もやはり、思い出すと恐怖で体がこわばり、
涙が出そうになります。

実家はその頃を思い出してしまうので、
今朝出発前に牛舎で仕事をしていても、
上まぶたの奥に熱い塊があるように感じました。
涙を流せたらいくらかは楽になるのかもしれませんが、
流すことはできず、
喉から胸の奥にも塊があるようでした。

気づきのきっかけになった出来事には4通の手紙を書いて決着をつけたつもりです。
相手はそれぞれどう感じたのか、これからどうするのかわかりませんが。

これは最近気がついたことですが、
病気は症状が現れないと治療できません。

当たり前だと思うかもしれないけれど、
実は誰もが見落としがちなことです。

東洋医学には「予防」という考え方がありますが、
西洋医学もホメオパシーも
「病気」もしくは「症状」が現れてから治療する医療方法です。


「スピリチュアルな一言」のコメント欄にも書きましたが、
最近私の心と体は難しい暗号の書かれた複雑なパズルのようだと感じています。

この「PTSDだという気づき」は
もう解決したはずのパズルのピースに、
隠されていた暗号が現れてきたという感じでしょうか。

その暗号を解けるのか、解けても傷はそのままなのかどうかわかりません。

病気や痛みなど様々な問題が解決してきて自己肯定感が生まれたからこそ、
自分の一部としてあらわれてきたのかもしれません。

その存在を認めることができたということは、
治療できる時がきたということでしょうか?
これからゆっくり時間を掛けて解決していくのでしょうか?
それに触れないようにうまく生きる方法を見つけ出して行くのでしょうか?

解決方法は色々あるのか?
それとも本当はひとつだけなのか?
今はわかりません。

これを書いているだけで感じるこの胸の苦しさを、
いつかどうにかできるのでしょうか?


今はただ、早く家へ帰って夫の顔をみて安心したいです。

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