「私の中の森」

北海道十勝帯広市で「心 からだ 健康相談」をやっている「メンタルコンサルティングTerra」の公式ブログです

痛み

いや~、いそがしいっす!
久しぶりに書くので、
危うくパスワードとか忘れるトコでした(^^;)
6月は仕事も忙しいし、
子ども関係の行事も多いし、
趣味の家庭菜園も忙しいし、
お金が飛んでいくし!
でも、今月は先月より元気なのでうれし~。
今日は末娘と一緒に温泉行ってきました♪
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痛み

物心ついてから、私は常に体のどこかが痛い。
肩こりとか、腰痛とか、
そういうのとはまた違って、体のどこかが痛い。

その痛みは日によって、場所も痛み方も違う。
例えば昨日は右後頭部に鉄パイプのようなものを
強く押し当てられている痛みだったし、
今は頭を締め付けられているし、
左後頭部に痺れがある。
ほかには手や足の骨がたてに裂かれるような痛みのときもあれば、
体のどこか一箇所に針を何度も刺されているような痛みのときもある。
背中が苦しいのは肩こりの延長だとか、
尾骶骨がいたいのは腰痛や坐骨神経痛の延長だとか考え、
それらをはずしてもやはり、体のどこかが痛い。

子どものころ、
何度か母親に病院に連れて行かれたような気がする。
が、当然、現代の医学では「気のせい」で終わるし、
おそらく「母親の愛情不足」とか、「甘やかしすぎ」とか、
その都度母親が何かいわれていたような気がする。

よく、「肩がこって痛い」とか、
「○○を怪我していたい」とか、
人が言うのが不思議だった。
私は常に肩が凝っていていたし、
痛くない日がなかったから、
痛いところのない人が
なにかのきっかけで痛くなると言うのが良く判らなかったのだ。

だから30代後半で普通の人は普段は痛くないと知ったときは
軽いショックと後悔を感じた。
なぜなら、自分以外の人がどこかが痛いと言っても、
一応社交辞令で「大丈夫?」といいはするが、
「痛いのなんて当たり前なのになんで言うのだろう?」と思っていたのだ。
自分の子どもに対しては
「体のどこかが痛いなんて当たり前でしょ!我慢しなさい!」
としかりつけていた。
なんと思いやりのない人間だったことだろう。

普通の人は病気や怪我や慢性の症状がないなら、
痛みはないものだと知った今、
私はその痛みに共感し、
いたわることが出来るようになった。
「知る」とは偉大なことだ。

痛みがないのが普通だとして、
それなら痛み止めを飲めばいいのかもしれないが、
私は胃が弱いらしく、
我慢しきれずに痛み止めを一度でも飲めば、
その後、一ヶ月近く胃薬を飲まなければならなくなる。

今の望みは只ひとつ、
「一日でいい、痛みのない体というものを体験したい」ということである。

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メニエル病

やっと風邪治りました~。
風邪と言うよりはアレルギーっぽい咳でしたけど。
のどの奥がかゆくなるんです。
ちなみに今年は花粉症がひどいらしいです。
花粉、車が黄色になるくらい積もっています。
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メニエル病

それは突然だった。
仕事に行こうと着替えをすませ、
立ち上がった時ひどい眩暈に襲われ、
立っていられずに座ったけれど、
その姿勢すら保てずそのまま横になったきり、
起き上がるどころか、頭を動かすことすら出来なかった。
強い吐き気と、
寝たまま自分の体が腹の辺りを中心にぐるぐると
時計の針のように回されているような感覚。
意識はハッキリしているのに、
体が思うようにならない、初めての感覚。
怖かった。怖くて涙が出そうだった。
いつもは置きっぱなしの携帯電話が、
そのときたまたまポケットの中にあり、
家の外で仕事をしているはずの夫に
電話をかけたが聞こえないのか何度かけても出ない。
今度こそ涙が流れ、耳の中に流れ込んだ。
なきながら夫に「眩暈で立てない。助けて。」とメールを打ち、
長く感じたけれどおそらくはほんの数分間と思われる時間を過ごした。
程なくして夫が来たけれど、どうすることも出来ず
そのまま仕事を休んで寝ていることになった。
保育所へ行っている子供のおむかえもの食事もしたくも、
それどころかトイレへ行くことすらかなわなかった。
そのまま6時間以上が経過した頃、
サンショウウオのように床を張ってトイレへ行き、その日は眠った。
次の日、朝の仕事が終わった後で夫が病院へ連れて行ってくれた。
何とか立ち上がれたものの、眩暈がするので目を開けていられない。
頭痛と耳鳴りもひどい。
その日から何日か続けて点滴に通い、
やっと仕事が出来るようになった。

これが私が始めて体験したメニエル病の発作だった。
それからしばらくはまたあのような状態になったらと思うと一人でいるのが怖くなった。
あれから一年近くの間に発作は3回起きている。

仕事が面白くなりだし、意欲に燃え、
その仕事のための勉強サークルに参加して仲間が出来、
図書館から本をかりて勉強を始めた矢先だった。

夫の望む仕事に付き合うだけのつもりが、
楽しくて楽しくて自分なりの夢を持ち、
意欲にあふれていただけに、
くやしくてしかたがない。
これから私は望むいくつかのことをあきらめなければならないだろう。

希望があるとすれば西洋医学で原因不明の難病とされているこの病気も、
東洋医学では治る病気とされていることだ。
いつも通っている鍼灸院で今も治療を続けている。
それと同時にこんな自分の体との付き合い方を模索している毎日である。

この病気は遺伝が関係すると言う説もある。
実家で一緒に暮らしていた私の父方の祖母が昔、
この病気で手術をしているからだ。
自分の努力や、気力、根性ではどうすることも出来ない病気ではあるが、
大好きな祖母とのつながりを感じて、胸がほっこりする自分がいる。
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