「私の中の森」

北海道十勝帯広市で「心 からだ 健康相談」をやっている「メンタルコンサルティングTerra」の公式ブログです

ご先祖様にご挨拶

実家から帰ってきました。
帰ってきて荷物を片付けて、
一休みしてもちろんお仕事
今日の牛舎は比較的涼しかったです。

皆さんはどんなお盆休みを過ごされましたか?
お仕事だった方、本当にお疲れ様です。
家族サービスのお父さんお母さんなど、
サービスする側の方々もお疲れ様でした。
夏休みもあとちょっと。
(北海道は20日ころから学校です)
頑張りましょうね。

ところで、お盆にお墓参り、
してきましたか?
自分の実家と、配偶者の家のと、
私の場合はそれにプラス母の実家のお墓にもお参りします。

最近はしないという人も増えているそうですが。

さて、ここで問題です。

宗教、信仰、先祖供養の違いってなんでしょうか?

日本は過去に神様の名前を出して戦争をして大負けしたせいで、
上記3つをいっしょくたにして毛嫌いする傾向が強いようです。

外国の映画を見ていると、
自然に聖書の言葉が出てきたり、
その国の神様の名前が出てきたり、
生活の一部として当たり前に登場するものが、
日本では忌まわしいもののように、
「怪しい」扱いされています。
(さらに「迷信」もこれに加えて嫌う人もいますね)

さて答ですが・・・、
きっとそれぞれで考えがあることでしょう。
これはあくまで私の考えです。

宗教は
「限られた範囲内で神様などを信じること」

信仰は
「国、言葉、教義、神仏など範囲を設けず、
自分を生かしてくれる見えない物事に感謝すること」

先祖供養は
「自分たちにつながる今は体を持たない方々にご挨拶すること」

と、考えています。

上二つはそれぞれの考えがあって当たり前で、
私はそれがその人自身を苦しめるものでない限り、
尊重されるべきだと思います。
(まあ、「苦しめる」の定義は難しいですが)

信仰してもいいし、しなくてもいい。
宗教を信じてもいいし、いなくてもいい。

けれど、先祖供養は、
「して当たり前」のことだと思っています。
だって家族に「おはよう」とか「おやすみ」とか言うでしょう?
それと同じです。

もちろん亡くなった方々が信じていた信仰のやり方で、
お供え物をあげたり、
お祈りしたりした方が丁寧かもしれませんが、
それが面倒で億劫になるくらいなら、
何もしなくていいからご挨拶だけしてもいいと思っています。

祭壇もなくていいし、
祈り方もその人のやり方でいい。
宗教が違うものを一緒にして語りかけてもいい。

「時間」と「空間」は人間の発明だって、
自動筆記ものの本
(神様などが人の手などを借りて文章を書いたもの)
には書かれていました。

だから、一番簡単な方法としては、
好きな時にその場で目を閉じて、
(閉じなくてもいいけど)
ただ話しかけましょう。
「おはよう」とか、
「元気だよ」とか、
近況報告や、こうしたいと思っていることや、
好きな人のこと、愚痴、
悲しいこと、何でもいいから話してみましょう。
そして、私の場合は、
「いつも見守ってくれてありがとう」
と言います。

自分のやり方でいいのです。
毎日じゃなくてもいいのです。

ご先祖様にご挨拶。
ただ、それだけ。

だからお盆じゃなくてもいいから、
ご先祖様にご挨拶、
してみてくださいね。

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