「私の中の森」

北海道十勝帯広市で「心 からだ 健康相談」をやっている「メンタルコンサルティングTerra」の公式ブログです

うつ病・恐怖症のホリスティック医療ケア「私の中への旅・暗闇からの旅立ち 1」

「うつ病・恐怖症のホリスティック医療ケア」2013.4.26参照
として今回はセルフカウンセリングを取り上げます。
専門家によるカウンセリングもありますが、
自分を客観的に見て、自分はどうしたいのかを自分に問いかけ、
分析する癖がつくと、精神的な問題を解決しやすいと私は経験上思います。

(ただし体調が悪いと心も病気になると東洋医学はじめ様々な療法では言います。
その逆もまたありですし。
西洋医学でいう「病気」ではなくても
「未病」のうちに治療を受けることをお勧めします)

私はHPに「私の中の森」と言うセルフカウンセリングで書いた文章群をのせています。
http://wata-mori.jimdo.com/" target="_blank" title="HP「私の中の森」TOP">HP「私の中の森」TOP→「私の中の森」参照)
その最後に本当の自分を見つけるための「旅」(比喩的意味)に出ると書いたのですが、
それが「私の中への旅」と言う文章群で、現在書いているところです。

そこに私がうつ病・恐怖症だった時に様々な出会いから自己分析力を身に着けていく過程と、
精神的な病気を克服していく過程を書いています。
全部で、6~7文章になる予定です。
振り返ると結構波乱万丈です(笑)

では、どうぞ「私の中への旅」にお付き合いくださいますようお願いいたします。
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「私の中への旅・暗闇からの旅立ち」

「私の中への旅」を始めて、いくつかの文章を書いたけれど、
どれも良い文章とは言い難く、
なかなか書けないまま一年近くが過ぎた。
ある日、私が暗闇の中からもがき出ようとした日々が突然リアルによみがえった。
その中で大切ないくつかの出会いを経て、
生きる力を得た日々のことを。

胸が熱くなり、再び文章を書きたいと言う欲求に満たされた。

そう、私の本当の旅立ちはあの暗闇の中からだった。
あのスタート地点を書かなければこの「旅」は前には進まないのだ。


暗闇の中にいたあの頃の記憶が、実はほとんどない。
写真に写る子供を抱いた私は笑っていて若い。
とても深い苦しみと悲しみを抱えた人には見えない。
だがどんな毎日を送っていて、どんな出来事があったのか、
現実的なことはあまりよく覚えていない。

幼い子供を二人抱え、たくさんの人に助けてもらっていたのだから、
覚えていないのは申し訳ないのだが、
霞がかかったように断片的な記憶しか出てこない。

あの頃の自分を思い起こして出てくる情景は
左手で赤ん坊の長女を抱えて左足にのせ、
長男を右足に座らせ、右手で抱き寄せながら三人でTVの子ども番組を見ている私。
かすかに震える蛍光灯の青白い光。
あの部屋だけが、四角く、何もない空間に存在しているようだった。

人に会うのが怖く、話そうとすると体が震えた。
自分には生きている資格がないと思い続け、
食事も子供たちのためだけに作り、
何かをしようという気力がなく、
身体も動かなかった。
死んだように生きていた。
うつ病や対人恐怖症のようなものだったと
後から精神医学系の書籍を読んだ時に思った。

当時、私は自分のために病院へ行くことも怖くなっていた。
両親は「気の持ちようだから」と私を病院へ連れて行くようなことはしなかった。
痴呆症を発症する前の元気だった祖母だけが私の顔を見るたび、
「お前は人が変わってしまったようだ。本当に大丈夫か?」と心配してくれていた。

たとえ誰かが病院へ連れて行ってくれたとしても、
私は拒否したかもしれない。
なぜなら私の周囲では多くの人が自ら命を絶ち、
そのほとんどの人が精神科の薬を飲んでいたからだ。
特に私が暗闇にとらわれる直前に亡くなった人の葬儀が忘れられない。
ご両親の後ろ姿。その人の姉の嘆き。
明るかった青年の笑顔の遺影。
彼は精神科病棟から退院した直後だった。

それ以来、私は精神科の治療を信用していない。
だからその時も病院へ行かなかったので診断名はない。

私という人間の重要な要素として「アスペルガー症候群」「HSP」などがあるが、
1990年代の当時発達障害はあまり知られていなかった。
ついでに言えばインターネットも一般的ではなく、情報を得る手段は限られていた。
発達障害の二次障害という見方もできるが、当時の私にそれを知るすべはなかった。

また、今現在の私は色々なことを学び、
心の状態が悪くなるのは体の状態が悪いからだと思っている。
当時は全く体をいたわることを知らない若い私が二人の子を産み、
それが体に負担をかけ、肝臓や腎臓などはかなり弱っていたのではないかと推測される。
その体の状態の悪さも、当時の心の問題に関係していたと思う。

当時は長い間の精神的負担もあって心も体もかなり悪い状態だった。
それを「精神的なものだから」と精神論だけでなんとかしようとしていた。
あの頃の私は常に「○○しなければいけない」という考えに支配されていて、
それが重い体を動かしていた。

働かなければ。稼がなければ。
子どもを育てなければ。愛さなければ。

(次回へ続く)

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