「私の中の森」

北海道十勝帯広市で「心 からだ 健康相談」をやっている「メンタルコンサルティングTerra」の公式ブログです

うつ病・恐怖症のホリスティック医療ケア 「私の中への旅・暗闇からの旅立ち 2」

「うつ病・恐怖症のホリスティック医療ケア」2013.4.26参照として
私が立ち上がる力になったセルフカウンセリングについて取り上げています。
「うつ病・恐怖症のホリスティック医療ケア 『私の中への旅 暗闇からの旅立ち 1』」
2013.5.2
の続きです。

本文中にもありますが、私は病院へ行かなかったため診断名はありません。
しかし精神状態が極限に悪かったことだけははっきりしています。
診断名が何かより、その状態が同じような症状の方と比較していただければと思います。

当時の私には自分を客観視し、分析する力も、
自分の行動を選択することもできませんでした。
超ダメダメでかなりお恥ずかしい状態の私ですが
現在暗闇の中で苦しんでおられる方の何かの参考になればと思っています。
-----------------------
「うつ病・恐怖症のホリスティック医療ケア 暗闇からの旅立ち」
(続き)

当時は実家で経営する会社で働いていたので、
家と実家と保育所だけを行き来する日々が続いていた。
実家までの15分間はいつも
対向車線へハンドルをきりたいと言う欲求と戦っていた。

ほとんど人に会わなかった。
会えなかった。
実家の家族くらいとしか話さなかった。

その状態が幼い子供たちにいい影響を与えるはずがなかった。

まず長男が保育所へ行きたくないと言い出した。
同じころ、長女が1歳半検診で「自閉症の疑いあり」と言われた。
ほとんど泣いたり、表情を変えたりせず、
ずっと私にしがみついたまま離れようとしなかったからだ。
先天的なものではなく「育て方の問題」と言われた。

私は悩んだ。
「女手一つで育てられるとろくなもんに育たない」
離婚の時に言われた言葉がよみがえった。

言いようのない不安が私を襲い、
「なんとかしなければ」という思いが沸き起こった。

不思議と「もうだめだ」とは思わなかった。
子どもたちを幸せにしたいと言う思いだけは暗闇の中でも持ち続けていたからだ。
当時は子どもだけが私の手にしていた希望だった。

「子どもたちを変えたかったら、自分が変わるしかない」
私はそう考えた。

・・・と、長い間自分でそのように美化して思い込んでいたのだが、
この「旅」の中で当時を振りかえると、疑問を感じる。
あの頃の私にそんな風に自分を客観視して、
次の行動を選択することが出来ただろうか?

答はNOだ。
あの頃の私にそんな力はなかった。
自分を振り返ってみることが出来ない。
何をどうしたいのかもわからない。
自分が何に苦しんでいるのかさえわからない。
だから、「○○しなければ」という「義務」で自分を縛っていないと、
途端に立っていられなくなるのだ。

「なんとかしなければ」と言う焦りはあったように思う。
けれど、何をどうしたらいいのか、自分はどうしたいのか、
わからなかったし、考えもしなかったかもしれない。
その焦りと不安は自分以外の何かを憎み恨むことにすりかえていた。

私は何もできなかったし、どうしたらいいのかわからず、
「とりあえずの毎日」を送っていた。

ここまで来られたのは、
沢山の幸運な出会いがあったからだ。
あの頃の私には想像もつかなかったけれど。

暗闇の中で混沌とした頭を抱え途方に暮れた状態の私が、
そこから続く「本当の私への旅」のスタート地点に立っていた。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事

別窓 | うつ病・精神疾患 | コメント:0
∧top | under∨
<<うつ病・恐怖症のホリスティック医療ケア 私の中への旅・「私」と言う人間との出会い 1 | 「私の中の森」 | うつ病・恐怖症のホリスティック医療ケア「私の中への旅・暗闇からの旅立ち 1」>>

この記事のコメント:

∧top | under∨
コメントの投稿

管理者だけに閲覧

| 「私の中の森」 |