「私の中の森」

北海道十勝帯広市で「心 からだ 健康相談」をやっている「メンタルコンサルティングTerra」の公式ブログです

うつ病・恐怖症のホリスティック医療ケア 私の中への旅 挫折と道しるべ 1

始めに、今日でHP「私の中の森」が1周年を迎えました。
地味~なアクセス数ですが、
私の望んだ「必要な時に検索をかけてたどり着く」方が多く、
嬉しく思っています。
ご愛顧いただいている皆様、ありがとうございます(^^)

「うつ病・恐怖症のホリスティック医療ケア」2013.4.26
としてセルフカウンセリングを取り上げ、6つの文章をのせました。

「暗闇からの旅立ち」では暗闇の中で自分も見えず苦しむばかりのころ、
子どもに異変があり自分探しが始まったこと。
「『私』と言う人間との出会い」では育児書をきっかけに自分の本当の姿に気が付いたこと。
「分解と再構築」ではアダルトチルドレンと言う概念との出会いから
自分を理解していく過程。
「暗闇からの出口」では自分を理解しても抜け出せなかった暗闇から抜け出すきっかけを見つけたこと。
「写真家・長倉洋海氏との出会い」では生きる力を取り戻したときの重要な出会いについて。
「雨の朝の光」では人生の目標を見つけた時のこと。

「挫折と道標」これが最終文章となります。(3回に分けてUPします)
ここにも長倉さんが登場します。長倉洋海氏HP
それだけ私にとって重要な人物なのです。

セルフカウンセリングは自分を理解し、立ち直っただけではためだと私は思います。
どこかに区切りがあるわけではなく、ずっと続いていくものだと。

縁あってここへたどり着かれた皆様。
ありがとうございます。
あと少し、お付き合いくださいますようお願い申し上げます。
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私の中への旅 挫折と道標


釧路から帰ってすぐに、私は新聞を広げて地方版のイベントの記事を探した。
片端から電話をかけてボランティアで手伝わせてもらえるようにお願いした。

長倉さんの写真展を開催するためには、
ノウハウと人脈と仲間が必要だと考えたからだ。

それまで一年に10人くらいの人としか話さなかった私が、
3か月ほどの間に100人近くの人と新たに知り合いになった。

自分を知り、分析し理解し、奇跡的な出会いから生きる力を得た。
安っぽいドラマなら、そこでめでたしめでたしなのだが、
人生は、経験上、そうあまくはないと思っている。

どんなに苦労して得た知識も技術も、
実践が伴わなければ何の役にも立たない。

沢山の出会いの中からいくつかの団体に所属した。
図書館のボランティアサークル。
国際的ボランティア団体。
青少年育成を目的としたイベント事務局。
地域リーダーが北海道中から集まっている団体。
自分のベースになっていたのはこれらの団体だが、
他にも頼まれたものには顔を出した。

その他に高校時代演劇をやっていた関係から、
演劇関係のセミナーの手伝いや、人形劇フェスティバルの司会など、
依頼があれば可能な限りほとんど引き受けた。
3年が経過するころには
北海道中の知り合いから頻繁に電話がかかってくるようになっていたし、
「お名前だけは聞いたことがある」と人から言われることも増えた。

活動を始めて少し経つと、
私は可能な限り自分の子どもたちを一緒に連れて行くようにした。
その理由の一つはそういう活動をしているのが、
たいてい男性か独身の女性ばかりで、それではそういう団体がいつか先細り、
偏った見方のものになるのではないかと思ったからだ。
当時は子どものいる女性ばかりの団体でさえ、
子どもを預けて参加しなければならない雰囲気があった。

もう一つの理由は自分がとても不完全な人間だと言う自覚があったからだ。
この不完全な私だけを見て育つのは子どもにいい影響を与えないと思った。
そういう活動をしている人たちは男女ともに素敵な人たちばかりだったので、
子どもたちに会わせてあげたかった。

残念ながら子どもたちは小さかったから、当時の記憶がほとんどないらしい。
けれど大人たちが一円の得にもならないことに真剣に楽しく取り組んでいる場にいたことが
子どもたちの自然な感覚として身についているように思う。
例えば何かを準備する時や片づけるときは自分も含めた全員でやるのが「当たり前」だと言う感覚だ。
むしろやらない人達を見て、何故やらないのか不思議がっていた。

沢山迷惑をかけたと思うが、いつか子どもたちが世の役に立つ人間になることで、
巡り巡って恩返しをしてくれると私は信じている。

私がそういう活動を始めた目的が
私の人生を変えた長倉さんの写真展を開きたいからだと言う話もあちこちでしていた。
たいていの仲間が応援してくれたし、協力を約束してくれた。

だが、長倉さんの写真展をやろうと言い出したのは、
それらの仲間たちとは全く違う人たちだった。

活動を始めて1年ほどたったころだと思う。
私は人の紹介である団体を手伝うことになった。

顔合わせの会議に行ったときに、瓢箪から駒という感じで、
長倉さんの写真展をぜひやりましょうと言うことに決まった。
そう、決まったのだ。
確か大まかな日にちと会場も決まったはずだ。
まさかそこでそういう話になるとは思っていなかったので、
狐につままれたようだった。
代表者はじめメンバーの方々が乗り気だったので、
次第に私も「夢がこんなにも早くかなうなんて!」と有頂天になり、
長倉さんに連絡を取り、ほかの団体のメンバーにも知らせた。

ところが1週間くらいしてから、
代表者から電話があり、
「ほかの内容に決めたから写真展はやらなくなった」と一方的に断ってきた。
もう各方面へ根回しを始めていたので私は憤ったし、がっかりした。
けれどそれほど付き合いの深い人たちではなかったし、
一方的に決められてしまってはこちらからはどうしようもなかった。

その時は「そんなに早く、うまくいくわけが無い」と、
すぐに気持ちを切り替えられたように記憶している。

(次回へ続く)

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