「私の中の森」

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異常なのは精神に異常をきたす人じゃなく、そこへ追い込む人の方だと思う件について 2

開店後、1年間クライアント様と接していて、
強く感じたことをタイトルにして書いた記事、
「異常なのは精神に異常をきたす人じゃなく、そこへ追い込む人の方だと思う件について 1」の続きです。

当店にいらっしゃる精神疾患を抱えた方はその方がおかしいのではなく、
周囲にその方を精神的に追い込む「異常な人々」がいると常々思っていました。
善良だからこそ自分を責めて精神疾患を患ってしまうのだと。

今回はそういう方々と縁を切るための対策や、
私がしたことを書いてみようと思います。

私は今、そういう「異常な方々」と縁が切れました。
・・・・多分

************

<対策として考えられること、実際に私がやったこと>

・まともにかかわらない

そういう人が「回心」していい人になるなんて絶対ありえません。
「さわらぬ神にたたりなし」です。
挨拶と聞かれたことに返事だけをして、
あとは自分からは近づかないことです。


・客観的第3者に話す

その人と利害関係のない人なら「その人の方がおかしい」ってわかるはずです。
悪口を言うためではなく、「自分はおかしくないのだ」と言うことを確認するために
第3者に話しましょう。


・「良い人じゃない人」に「いい人」として接する必要はないとはっきり認識する

良く自己啓発本には「自分が変われば相手も変わる」的なことが書かれています。
これはかなり誤解されやすい言葉だと思います。
自分が良い人になれば相手も良い人になるかのように思ったりします。

これは「結果をコントロールする」と言う間違った考え方です。
同じ自己啓発本に「結果を求めずできるだけのことをする」と書かれていたら、
「どっちやねん!」ってツッコみたくなります。

自分が心から「良い人になりたい」と思ってそうするならいいのですが、
相手に変わって欲しいと思って良い人になろうとするのは結果をコントロールしようとすることなのです。
結果は誰にもコントロールできません。
自分以外の人は変えられないのです。


そういう「他者を攻撃したりいじめたりして追い込む人」がいい人になることは絶対にないと考えたほうが良いです。
何故なら、その人はその状態でそこに存在する意義があり、役割があるからです。
劇で言えば「悪役」を魂レベルで引き受けてくれた人です。
(「菩薩行」と言う言葉を検索してみてください)
「嫌な人」「意地悪な人」「問題のある人」でいるのが正解なのです。
だから、良い人になる必要がないのです。

そういう人に対していい人として接する必要はありません。

もちろん相手に合わせて「嫌な人」になる必要もありません。
あなたが周囲の人から「嫌な人」と見られて損するだけです。

子どもみたいな人に、大人な態度で接しても、
相手は「成長しない大人」だから、子どもみたいな人になっているのです。
成長することを期待しても無理があります。

大人になってむちゃぶりを引き受ける必要はないし、
嫌なことはいやだって言っていいし、
おかしいことはおかしいって言っていいのです。

嫌いなら、嫌いって言ったっていいと思います。

「必要以上に近づかないで」とか、
「用もないのに話しかけないで」って言っていいのです。

それは、傷つけるために言うのではなく、
「自分の気持ちを伝える」だけなのです。


それを伝えた結果、相手がどうするかは相手が決めること。
自分の言った通りにして欲しいと思うのは「結果をコントロールする」ことです。
相手をどうこう言うより、「自分がどうしたいか?」をはっきりさせることの方が大事なのです。

実際にどういう行動をとるかどうかは個人の判断に任せます。
(ご自分の人生だから自分で選ぶのです)

ただ、少なくとも、相手を嫌だと思い、
嫌だという自分を責める必要はないということです。


・自分を知る、理解する、自分との付き合い方を見つける

発達障害、愛着障害、解離性障害、HSPなどの病気や障害、
また、自己卑下しがちな性格などに対策をたてる必要があります。

「それがどんな症状(病気)で、
何故そうなったのか?を知り、
自分はその状態をどうしたいのかをはっきりさせ、
自分とうまく付き合う方法を見つけ、
楽に生きられる方法を見つける」

それは決してご自分が悪いからということではなく、
そのままでは生きにくさを抱えていくことになるからです。
そうすることが「本来の自分を生きる」ことにつながるのです。

よく「ありのままで良いから」と言いますが、
それは自分との付き合い方を心得ている人の話です。

例えば発達障害のある方が生きるための工夫を身に着けないのは、
聾唖の方が手話を覚えないのと同じだし、
足の不自由な方が車いすに乗らないのと同じです。

自分が心地よく生きて行くための工夫を身に着ける必要があります。
それにはまず、自分を知らなければなりません。

相手が悪いのにどうして自分が変わらなければならないの?
って、思うかもしれません。
「・良い人じゃない人に・・・・」の項で書きましたが、
他者はコントロールできないし、
変えられるのは自分だけだからです。

・自分から逃げない

「自分を傷つける人」は仕事、学校、状況などが変わっても、
行く先々にあらわれます。

上記に「良い人じゃない人はそうある必要がある。
だから絶対変わらない」
と書きました。

何故そういう人が次々現れるかと言うと、
人は苦しい思いをしないと変わろうと思わないからです。


悪役は自分が自分の課題を乗り越え解決するきっかけを与えてくれる人なのです。

だから、逆に言えば、自分が自分の治すべきところを治し、
人として成長し、
その人本来の姿になれれば、
「悪役を引き受ける人」は必要なくなります。

とても苦しい状況なので、自分を守り、相手を攻撃し、
人生を呪ってしまうかもしれないけれど、
そういう弱い自分に負けていては自分を成長させられません。

辛くても、苦しくても、悲しくても、
他者を憎んだり、
自分はダメだと自己嫌悪に陥って自分を責めるのではなく、
自分も他人も責めずに、
自分を成長させることが大切なのです。


悪役が登場する必要のない人になればいいのです。


・自分を大切にし、愛する

自己卑下して自分を悪いと考えてしまいがちな方は、
自分を大切にしない傾向があります。

自分を大切にできない環境を無意識のうちに選んでしまします。
それは自分の気持ちや直感より、
理屈や、他の人々の都合を優先させてしまうからです。
「○○のために」とか、「○○しなければならない」と、
考えてしまいがちな方です。

自分を愛すると言うと、「ナルシスト」と言う方がいると思いますが、違います。

この世でただ一人の自分、
自分のたった一人の味方である自分自身を大切にするということです。

自分を大切にできるから、同じように他の誰かも大切にできるのです。
自分を大切にできるから、自分を大切にしてくれない人と、縁を切ることが出来るのです。


自分を大切にするということは、
自分が「楽しい」「嬉しい」「心地よい」「幸せ」と思うことを選んで行くことです。

これは自己卑下して、自分を責めている人には、
かな~~~~~り難しいことです。

「良いの?」って思っちゃうと思います

自己中心的なんじゃない?って思っちゃうでしょ?
でも、違うから!

自分を本当の意味で大切にするなら、自分の欠点を潔く認めて改善しようとします。
周囲の人を思いやって大切にしていこうと思えます。
「○○のために」とかいう理屈でするのではなくて、
自分が周囲の人を大切にしたいからそうするのです。
見返りなんて求めないのです。
そうすることが幸せだからそうするのです。


それには「自分は何が大切か?」とか、
「何をしている時が幸せか?」とかが判らないとできません。


たぶん、これ、一番難しいと思います。

これは一人で考えていると、
「ジコチュウなんじゃない?」とか
「やっぱり私はダメな人」とか
自分を責める深い穴に落ちていくので、
カウンセラーさんにかかることをお勧めします。

*:::*:::*:::*:::*:::*

私の場合は上記全てができるようになってから、
やっとそういう人が周囲からいなくなりました。


つまり、本当に悪役をひきくけてくれた人達だったんだと思います。
私が本当の私になるために。
(それは、今、私が暗闇を抜けたからそう思えるのであって、
暗闇にいる時は「そう思わなくちゃ」って思っても苦しかったです)

ちなみに私の最終課題は「あんた嫌い」「かかわらないで」とはっきり言えるようになることでした。
大人な態度も時には考え物だと知りました。
(言えないええかっこしいのヘタレだったのです)

まあ、それは丁寧に丁寧に根気よく思いやりを持ってやり取りを重ねた結果、
「これはダメだな」と思った時でしたけどね。
自分を成長させ、自分がより良い人・大人になれば・・・良いことなのだと思いました。
「この人は自分を成長させてくれる人」だと。

でも、この場合、成長するとは、
「嫌なことは嫌」とはっきり言うことなんだと学びました。

その前はただひたすら我慢するだけでした。


おかしいのはあなたじゃなく、周囲の人かもしれない。
善良だからこそ、精神疾患を患っているのかもしれない。

その事を今一度見直してみてください。



そういう人を精神的に追い詰める人って、
ご自分は精神疾患になんてならないんですよね。
自分は悪くないって思っているし、
人をいじめて発散しているから。

一度は精神的に追い詰められてしまったかもしれない。
でも、それは自分に必要なことだと受け止める時、
新しい、そして、本来の自分に出会うことが出来るのです。

今はそうできなくても、どうかこれを心に留めておいてください。

どんな理由があっても、傷つけられていいことにはならない。
あなたが病気になる必要はない。
相手と同じように「嫌な人」になる必要もない。

その辛い体験をうまく利用して、
どうか光の方へ向かって行ってください。

私も光を目指しています。
そうして後から来る人の光になりたいと思っています。

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この記事のコメント:

こんにちは。mariです。
読んでいて、まだ松下で働いていた頃の事を思い出しました。
すごく忙しくて、家事も育児も仕事もしないといけなくて
とにかく時間がなく、S所長に相談したら、「一緒に
飲みにいかないか?」とセクハラされて、切れて断ったら
今度はパワハラされて。。。
でも人事や産業医まで上手く味方に付けて私に勝ち目はなく、
仕事を下されました。
でも、お蔭で松下を辞め、きっと本来の私の任務?
である心理カウンセラーへと目指すことができたので、
いい悪役だったのかもしれませんね。
ずっと恨んできたけど、わたもりさんのお蔭でふっきれ
そうです。ありがとうございます。

それと、カウンセリングを重ねて私は自分が汚いと思う
癖があり、それが自己卑下につながっているとなって
ますが、
愛着障害、発達障害等であることで、自己卑下になる
こともあるのですか?
よろしくお願いします。
2015-03-22 Sun 16:56 | URL | mari #-[ 内容変更] | top↑
こんにちは。mariです。
先ほどのコメントで、質問した件ですが、自分で考えて
分かりました。
愛着障害なら、親子関係に問題fがあり、自分は愛されて
いないという自己卑下があり、発達障害なら、その障害
に対して自己卑下がありますよね?
私も該当するけど、そういう自己卑下はあるかな?と
考えてみようと思いました。
2015-03-22 Sun 22:46 | URL | mari #-[ 内容変更] | top↑
mariさま

こんにちは(^^)

> でも、お蔭で松下を辞め、きっと本来の私の任務?
> である心理カウンセラーへと目指すことができたので、
> いい悪役だったのかもしれませんね。
> ずっと恨んできたけど、わたもりさんのお蔭でふっきれ
> そうです。ありがとうございます。

それはよかったです(*^^*)
記事にした甲斐がありました。

> それと、カウンセリングを重ねて私は自分が汚いと思う
> 癖があり、それが自己卑下につながっているとなって
> ますが、
> 愛着障害、発達障害等であることで、自己卑下になる
> こともあるのですか?
> よろしくお願いします。

次のコメントでご理解できた様子が書かれていたのでさすがだな~と思いました(^^)
「汚い」が先なのではなく、愛着障害などが先にあり、
愛着障害が自己卑下に繋がっていると私は考えます。

「自分の求める愛情」を充分に受けられないと、
「自分は愛されるに足る存在じゃない」と刷り込まれてしまうようです。
その後で自分を「汚い」と思ってしまうような出来事が起こっても、
愛情が充分に受けられていたら、「そんなことない。大丈夫」と思えるようです。
「そんなひどいことをされて良いわけがない!」と怒れるわけです。
ひどいことをされても「親なら私を理解してくれる。私を嫌いになったりしない。味方になってくれる」と思えたら、自分を汚いと思うことはないでしょう。

でも、愛着障害は一番難しいかな~?と思います。
もう、時間は戻せないですもんね。
2015-03-23 Mon 13:36 | URL | わたもり #-[ 内容変更] | top↑
mariさま

> 先ほどのコメントで、質問した件ですが、自分で考えて
> 分かりました。

すごいですね。客観的視点が出てきた最近のmariさんはすごいと思います。

> 愛着障害なら、親子関係に問題fがあり、自分は愛されて
> いないという自己卑下があり、発達障害なら、その障害
> に対して自己卑下がありますよね?

「愛されていない」=「ダメな人間」
「普通と違う」=「ダメな人間」
になっちゃうのもあると思います。
発達障害の場合は、周囲からダメ人間扱いされることが多いのも原因と思われます。

> 私も該当するけど、そういう自己卑下はあるかな?と
> 考えてみようと思いました。

こんがらがった知恵の輪を一つ一つほどいていくような作業ですね。
それが、カウンセラーへの道につながると思います。
どんな心理学の教科書にも書いていない重要な経験です。
大変ですが、たっぷり味わってください。
2015-03-23 Mon 13:41 | URL | わたもり #-[ 内容変更] | top↑
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