「私の中の森」

北海道十勝帯広市で「心 からだ 健康相談」をやっている「メンタルコンサルティングTerra」の公式ブログです

心を蝕むもの―無意識の罪悪感

ここの所、「仕事」に関する記事をあちこちに書いています。
ここにもいくつか書きました。
「社会復帰、病後リハビリにお勧めする事」

今日Web女性誌「Trinity」に掲載された記事もそうです。
この記事は、他は読まなくても良いから、これだけでも読んでほしいと思う記事です。
「天職と魂の関係③自分の宝となる物―ホリスティック健康相談」

仕事、働くことが病気や悩みから回復する時に必要なものだと思うからです。
(「仕事・働く」であって「稼ぐ」ではありません)

カウンセリングは「お話を聞いて気持ちに寄り添って」が基本だとは思いますが、
病気や症状を改善させ、悩みを解決する時には
それだけじゃ人は立ち上がれないと、私自身が自分の経験で良く知っているからです。


一時的に「気持ちが楽に」なるだけでは、解決しないこともあると思います。
(もちろん、気持ちを楽にするだけがダメだと言っているわけではありません)

これから書こうとすることは、とても誤解を生みやすく、
説明するのが難しい内容です。
悪く取ろうとすればいくらでもそう解釈できるでしょう。

でも、いつか書かなければ、と、思っていたことです。

それが知らず知らずのうちに、人の心を蝕んでいくものだからです。
それは「無意識の罪悪感を持たないで済む生き方をした方が良い」と言う事。

上記のTrinityの記事にも、十勝ブログアメブロ
Terraのフェイスブックページなどに書いた
「仕事に関する記事」全ての根に、この考え方があります。

************
無意識の罪悪感とは?

無意識の罪悪感とは、自分でも意識していないうちに感じている罪悪感のことです。
細かく自分の心を分析しないと気が付かないようなものです。

HSPの方は時々、相手のこういった無意識の感情に気が付いて指摘してしまい、
「そんなことは思っていない」と激怒させてしまったりします。

それくらい、自分でも無自覚なものです

本当は出来るし、やらないといけない、あるいは、やった方が良いとわかっているのに、
何らかの言い訳をしてやらずにいることで、無自覚に罪悪感を持っています。


「○○だから」と、言い訳をしなくても良いのにしています。
やりたくないからやらない、で良い所を、です。

後でどんなに困ったことになっても引き受ける覚悟がないのも特徴です。
どうにかなるだろうと、他人事のようなごまかし方をします。

それらを全て無意識のうちにやっています。

やらないうちはずっと心にひっかかっているけど、やってしまえばすっきりするにもかかわらず。

*~*~*~*~*~*
無意識の罪悪感の例

・茶碗を洗えばいいのに、疲れている、具合が悪いなどと理由をつけて洗わない。
そこを通るたび、思い出して「ああ・・」と思う。

これはよっぽど動けないなら元気になってからやればいいので、
無理しなくて良いと思えるのですが、
「本当はやればできるし、やった方が早い」とわかっている場合などは、
他で何をしていても、頭の片隅にあり続けます。

行動しさえすればそれが無くなるのに、行動しないうちは「無意識の悩み、苦しみ」になるのです。

自分でも意識しないうちに積み重なっていく「自分はダメだ」という思い。
私はこれが、人の心を蝕んでいくものだと思います。

それが積み重なることで、人はますます動けなくなっていきます。

もちろん物事の良し悪しを判っていない「無知」の方(大人でも子どもでも)や、
物事の優先順位を判っていてあえてやらない人には当てはまらないと思います。

他の例で言えば・・・
・健康状態も回復して仕事をすればいいのに、「自分にあった仕事がないから」「体力がないから」「今は困っていないから」などの理由で働いていない。
本当は怠けているだけだと心の底ではわかっている。

・夫に話しかけられると、日頃のうっぷんもあり冷たい言葉や嫌味を言う。
相手が不快になるのを見てすっとするor相手が自分の言いなりになるのを見ていい気分になる。
でも、心の底ではそういう自分も、そういう夫婦関係も嫌。


全体的に言えることは、
その行動が自分を誇れないものであると言う事です。

自分を誇れないのは、自分を嫌いになるような行動を選ぶからです。
それが心の負担となり、その人の人生を重くしてしまいます。


自分に誇りを持てない生き方は、その人自身の心を傷つけ、
自分でも気が付かないうちに、心がむしばまれていきます。


だからこそ、冒頭に書いたTrinityの記事を読んでいただきたいのです。
そこに書かれていることが、人が健康で幸せになる根本だと思います。

それが、今、暗闇にいる方の道標の一つ、
小さな灯りの一つになると。

***********
誇りある生き方とは?

これを「自分が罪悪感を持たないようにするために何かするなんて」
と、とる人もいるでしょう。
(そう思う人は、そういう心を持っていると言う事です)

罪悪感の為に何かすると言う事と、
誇りを持てる生き方をすると言うことは全く別物です。


また、誇り、とは威張り散らし、他者に勝つことではありません。


誇りある、という言葉から、私はあるエピソードを思い出します。

もう、20年近く前、私はある養護老人施設のデイサービスへ、
図書館ボランティアサークルの活動として行ったことがあります。
絵本などを読み、パネルシアターなどをさせていただきました。

その後で利用者のお年寄りと話した時のことです。

そのおばあさんは、車いすに乗っていて、一人では思うように動けない方でした。
その方がおっしゃいました。
「私も若い頃、あなたみたいに人のお役にたつことをしたいと思ったけれど、
何をしたらいいかわからなくてやらないままこの年になってしまった。
今の自分は思うように動けないからもう無理だね」と。

そこで私は言いました。
「現代の人は心がさみしい人が多いと言うから、笑顔で『おはようございます』とか挨拶するだけで、相手の心を明るくすることが出来ると思いますよ」

するとその方は笑顔になって、それなら自分も出来るから早速やってみるとおっしゃいました。

その言葉に私はすごく感動しました。
人としての尊厳、誇りを感じました。

昔の日本人は「人として恥ずかしいことをしない」と言うのが当たり前に出来ていました。
それは「やってはいけない」からしないのではなくて、
「やってしまったら人間としておしまい」だからです。

だらしないのも、怠けるのも、ずるいことも、誰かにおんぶに抱っこで生活することも。
楽だけど、幸せではないのです。
無意識に自分を恥ずかしいと思うから。

人を傷つけることも、陥れることも、相手だけではなく、
同じように自分を傷つける行為だと私は思います。


最近スピ系をはじめとする記事などで、
「日本は特別な国」「日本人は選ばれた民族」的に書く人がいますが、
何にもわかっていないと私は思います。

私は「人として誇りある生き方」を当たり前に出来ていたから日本人は素晴らしいのだと思うのです。
そして、日本だけではなく、世界中で自然の摂理に逆らわず、
誇りを持って生きている人々も国も地域もたくさんあると思っています。

それを判っていない人が「特別な国」などと勘違いして言う言葉じゃないと思います。

***********
無意識の罪悪感への対処法

もし、心身の病気や神経発達症(発達障害)など生まれつきの性質が原因でそれが出来ないと言うなら、
私はお話をお伺いして、ありとあらゆる治療ケア方法をお伝えします。

Terraのクライアント様で本気で自分をなんとかしたいと言う方は、
私達の言葉に素直に耳を傾け、迷いながらも私たちの提案した方法、
ホメオパシー、東洋医学、食事法、心の持ち方、行動の選び方などを実践して行かれます。

病気などが「何かを出来ない言い訳」ではなく、
本当の理由なら、私は出来る限りの方法を一緒に考えます。


私もかつて、無意識の罪悪感に蝕まれていた人だったから。
それがどれだけ、自分をダメにしていくかわかるから。

どうか、自分を傷つける生き方をしないでください。

心が軽くなる生き方をしましょう。
心が楽になる生き方を選びましょう。
自分を好きでいられる生き方をしましょう。

それが健康で幸せになる方法だと私は思っています。


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