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「私の中の森」

北海道十勝帯広市で「心 からだ 健康相談」をやっている「メンタルコンサルティングTerra」の公式ブログです

親友の自殺―自殺を考えている人へ

親友が自殺しました。
それはもう数年前で
私や友人達に知らされたのが昨年秋。

彼女と私はマメに連絡を取り合ったりしていませんでしたが、
何かの折に電話をしあっていました。

主な理由は「相手に負担をかけないため」

訃報が知らされる前から、
彼女はもうこの世にいない気がしていました。

訃報を知らせてきた友人には
「私は彼女の選択を尊重する」と伝えました。

その人の人生はその人が選ぶもの。
その人の自由。

それは私が全ての命を尊重するからこその、私なりの礼儀です。
全ての方にご自分なりの尊重の仕方があり、
私と同じにする必要はありません。

人の主義に口を出すことは、
自他の境界を越境する行為です。
人の人生を左右することは出来ないし、してはいけない。
(だからこそ、周囲の人には
「あなたが死んだら嫌だ」と「自分の気持ちを伝える」自由があります)

私は彼女の選択を尊重する。

彼女の選択と、
それを知った私がどれだけ悲しくて、
むなしくて、
傷ついたかは別だから。

何度、引き留めようとしたか判らない。
それだけ、長い付き合いだったのだから。

感情を逃がすための解離症状(感情を感じないようにする)を引き戻し、
自分の気持ちに決着をつけ、
これを書くまでにも、半年ほどの時間が必要でした。

形があろうとなかろうと、
何処にいようと、
彼女が楽で自由になったなら、
私はそれで構わないと思いました。

ご家族の方を思うと、
本当に胸が痛むけれど。


**********
自殺する人

ここにも時々書いてきましたが、
私の周囲には自殺する人が多いのです。

ある時、30歳過ぎて出来た仲間達と会った帰り際、
何故かふざけ合ってお互いに握手をする展開になりました。

ある年若い青年と握手した時、
「この手を離してはいけない」
と、何故か思いました。

その頃はスピリチャル事態を否定していましたが、
彼が手を放そうとするのを強く握り、
「次もまた笑顔で会うって約束して!
そうじゃなきゃ離さない」
そう言いました。

けれど、彼とはそれ程親しい訳では無く、
知人を介した知り合いだったので、
連絡を取り合う事もなく、半年後、
彼の訃報を知りました。

その後も「あ、誰かが死ぬ」と思っても、
何も出来ず、
彼らは向こうの世界に行ってしまいます。

その度に私は酷く打ちのめされます。

それは今もです。

心が揺れない事と、
傷つくかどうかと、
感情のある無しは別問題だからです。

ずっと、
「私に何が出来ただろう?」
「今の私に何が出来るだろう?」
と、考え続けてきました。

その答えも、
私がこの仕事をする理由の一つです。


**************


Web雑誌Trinityに自殺に関する記事を書きました。

私個人としてではなく、
ホリスティックカウンセラーとして。

「死にたいと思う時 — 自殺を考えている人へ〜どうして「死にたい」のかを判っていますか?」

日頃、私からお願いする事はないのですが、
このTrinity記事だけは沢山シェアしていただいて、
出来るだけ多くの方の目に触れるようにと願っています。

今年の春は卒業試験のような出来事が沢山ありましたが、
これもその一つかもしれません。

書き上げた時、
声を殺して号泣しました。
(営業時間中だったので)

17歳の時から流せずに来た涙をやっと流せたような気がします。


************

でも、これで終わりではなく、
これからも私は伝え続けます。

体について
心について
魂について
スピリチャルについて
その他、様々な事を。

何故なら、これが私の人生だから。
選んだ生き方だから。
魂で望んできたことだから。

私は誰かの弔いのために生きているのではない。
私の生を生きる為に生きているのだ。

悲しくても、
辛くても、
痛くても、
生きるんだ。


この世界は色鮮やかで、
様々な事があって、
どんなに愚かでも、
人間は素晴らしい生き物だと思うから。

人間は面白い生き物だと思うから。

バカで、愚かで、残酷で、
身勝手で、
彼らに、どんなに傷つけられたとしても。

「私は私の分の人生を生きるよ」

心に血が流れても、
人はそれを癒すことが出来る。

その力は自分の中にある。

その上で、その癒しの力を使うかどうかは自分次第。

私はガシガシ進んで行くよ。
何度でも生まれ変わって。

沢山の種をまきながら、生きて行くよ。
どんなに血を流しても。

他の生き方が出来るなら、
もうとっくにそうしてる。
こうしか、生きられないから。


どうかこの種があなたに届きますように。

※十勝ブログに補足記事を書きました。
是非お読みください。
「自殺」で苦しんでいる方へ―逝く人、残される人

(HSPの方には心の負担が大きい記事だったかもしれません。ごめんなさい)

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この記事のコメント:

本当の優しさ
究極に相手のことを考えるって
とても悲しいことなんだなと
(無償の愛)とは、また違った悲しさを
記事から感じました。

もし、自分にとって大事な人が
「死にたい。」
なんて言うのを目の前で聞くと
自分は、自分勝手に育ったので
「あなたが死ぬのは、俺が嫌だから、
俺のために生きてほしい」
と、理屈抜きに伝えることが
自分の中での正解のように感じてしまいます

自分のまわりにいる大事な人は、
そういう自分勝手な人が
多いような気がして
そういう人の思いのおかげで
自分も、ここまで生きてこれた
そんな気もします。

すいません。とりとめもなくて⤵︎
でも、なんか今回は、記事を読んでいると
何か反応しなきゃなきゃなと、思いました
2019-03-28 Thu 01:24 | URL | ありがとう #-[ 内容変更] | top↑
ありがとう様

お読みいただきありがとうございました。
きっと、かなりお気を遣われてコメントしてくださいましたよね。
難しい記事にコメントありがとうございます♡

> 本当の優しさ
> 究極に相手のことを考えるって
> とても悲しいことなんだなと
> (無償の愛)とは、また違った悲しさを
> 記事から感じました。

この記事は私なりの17歳から抱えてきた問題への決着であり、
「だから、私はこれからどうしていくの?」という問いへの答えです。
読者の皆さんを巻き込んじゃってごめんなさい。

でも、当事者として、周囲の人として悩んでいる人もいると思うので、
そう言う方へ向けて書いた記事でもあります。

相手関係なく、思いやりとかじゃなく、
「自分はどうしたいか?」の問題です。
私は相手の選択を尊重する。
やってしまった事は仕方ない。

でも、リアルタイムで言われたら、
当たり前に、即、警察などに連絡します。
(カウンセリング時にはそう言う時もたまにあります)

> 「あなたが死ぬのは、俺が嫌だから、
> 俺のために生きてほしい」

そう思ってそう伝えたいんですよね?
だから、それで良いんだと私は思います。
それが思いやりだとご自分で思うのも、自由なのです。

思いやり、とかって正解がなくて、
それぞれの「こうしたい」があって、
「思いやり」と言う言葉にも「自分勝手」という言葉にも変換できると思います。

でも、共通しているのは、
「相手の為に何かしたい」という事。

優しい人、思いやりのある人は自分勝手に人にやさしくするものだし、
そうじゃない人は優しくするつもりで自分のためにしかならないことをするし。
その解釈は、これまた、それぞれあって。

それぞれが何をどう思うか?どうするか?は、その人の自由。
それを私には、そして、全ての人には、他者を左右できないのです。

だから、出来る事は「自分はどうするか?」
「どう考える?」「どう生きる?」と考え、決める事だけ。

> 自分のまわりにいる大事な人は、
> そういう自分勝手な人が
> 多いような気がして
> そういう人の思いのおかげで
> 自分も、ここまで生きてこれた
> そんな気もします。

私はありがとうさんも、ありがとうさんの周囲の方も自分勝手だとは思いません。
相手の事を真剣に考えることが出来る方達だと思います。
それは誰がどう解釈しようと、素晴らしい事だと感じます。
ありがとうさんの周囲に良い方がいてくださって良かった。
ありがとうさんが、今、生きていて良かったです(*^^*)
2019-03-28 Thu 21:07 | URL | わたもり #9GWVC0v.[ 内容変更] | top↑
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